キングギドラ 空からの力

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90年代ヒップホップ 日本語ラップ名盤 / キングギドラ 「空からの力」(1995)

1995年12月10日、P-VINE RECORDSより発売された、日本語ラップシーンを語る上では決して欠かすことのできない歴史的名盤が本作だ。

帰国子女であるZEEBRA、K DUB SHINEの2MCと、DJ OASISの三者から成るユニット”キングギドラ"の記念すべきデビューアルバム「空からの力」は、それまで日本語では不可能とも思われていた「押韻」によるリズミカルなライミングを鮮烈に、お茶の間レベルで認知されていた「お笑い」の要素が強いラップとは一線を画するハードコアなアティチュードと共に体現して見せた。

和製CHUCK Dさながら、社会的な問題にも鋭くメスを入れるK DUB SHINE、グループの顔役として当時の日本語を駆使したライミングの最進化形を示し、後に爆発的なフォロワーを産んだZEEBRA。

未だ色褪せない日本語ラップの教科書的な一枚だと言えるだろう。

キングギドラ 「空からの力」の歴史的意義

本場アメリカのヒップホップは押韻を中心にした作詞・作曲が基本であることは今も昔も変わらないが、言語の構造上、動名詞(ing)・過去分詞(ed)・比較最上級(er, est)などを使えば比較的、無理なく言葉を連ねて楽曲を組み立てられる英語に対して、日本語でスムーズに韻を踏みながらライミングすることは、いとうせいこう、高木完ら日本語ラップ創世記のアーティストたちの多くからは不可能だと考えられていた。

しかし、本作はタイトな押韻とメッセージ性の高さ、楽曲としての聴こえの良さまでを手に入れ、お笑いに逃げない「ハードコア・ヒップホップ」が日本語でも可能であることを示したのである。

Microphone Pager『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』との対比

1995年は「空からの力」と同じく日本語ラップ史上に残る名盤、Microphone Pagerの1stアルバム「Don't Turn Off Your Light」がリリースされた年であるが、2枚のハードコアの極みとも言える傑作アルバムの発売により、多くの若者がHiphopの世界に身を投じることとなった。

Microphone Pager(95年時点ではTwiggy、Muroの2MC)の背中を追った「ペイジャー・チルドレン」の代表格としては、Nitro Microphone Undergroundが挙げられようが、声質や卓越したフロウ、世界観が超人的で模倣することが難しいTwiggyに比べると、Zeebraのラップ・スタイルは「お手本」として機能するものであり、以降の「王道」となるスタイルを明確に示すものであった。
もちろん両者共に高度なラップ・スキルを持っていることは間違いないのだが、
野球に例えるとTwiggyは誰も真似のできない変則フォームから特殊な変化球を操る実力者、Zeebraは正統派の直球投手で野球少年の見本となる、といったところか。

ともあれ、後進の「教科書」として本作以降もUSのトレンドと寄り添いながら成熟していったZeebraのラップ・スタイルは、後のKJ(Dragon Ash)とのBeefへと繋がっていく。

楽曲解説

続いて、本作収録曲の中でもハイライトとなる楽曲を個別に解説していこう

見回そう

本作からカットされたシングル「見回そう」の元ネタはBob James「Blue Lick」

Bob Jamesのアルバムはいずれもが、どこに針を落としても(レコードの場合)サンプリングソースが現れるほどHiphopにおいては使用頻度が高いが、この楽曲は海外でも使用例はそれほど多くない。しかし、アルバムと同年にClub界隈で人気を集めていたUndergroud Hit、Ranjahz「Street Life」(Clark Kent Produce)でもおそらく偶然、同じネタが使われたことは、キングギドラが目指した「本場アメリカのHiphopにも負けない最新のDopeなHiphop」をサウンド面からも証明していると言えるだろう。

Bob James「Blue Lick」

また、「見回そう」のK DUB SHINEヴァースでは2 PAC「California Love」やUltra Magnetic MC's「Funky」の元ネタとしてお馴染みのJoe Cocker「Woman to Woman」もサンプリングされている。

フリースタイルダンジョン

テレビ朝日にて2015年9月30日から2020年7月1日まで、毎週水曜1:26 - 1:56(火曜深夜)に放送され、フリースタイルバトルをお茶の間にも知らしめた番組「フリースタイルダンジョン」は、このアルバムに収録されている楽曲から名付けられた。

当時としてはゆったりとしたBPMで感情を抑えたラップと共に不穏に進行するこの曲は、
NasやJeru the DamajaなどハードコアマナーのHiphopが輝きを放っていた当時のNY Hiphopシーンのトレンドともリンクしている。

スタア誕生

2017年5月5日からシーズン1がABEMAより配信されているオーディション番組「ラップスタア誕生!」のタイトルも本作収録、K DUB SHINEのソロ曲「スタア誕生」からの引用である。

Hiphopの本場、NYでも随一のストーリーテラーとして知られるSlick Rickを彷彿とさせるような、それまで日本では誰も成し得なかった物語仕立てのリリックに当時のヒップホップヘッズたちは度肝を抜かれたのである。

行方不明

中坊の俺は渋谷のタワー オアシスとレコード探してたな
ライムヘッドと共にはまったクールJ 未だに聞けば身震いするぜ
ウーピーで買ったKissのカセットはレッド・アラート、チャック・チルアウト
ヘッドホンで聞いて街を颯爽と歩けばかかる“I Know You Got Soul”

冒頭の歌詞から過去を振り返る、いわゆる「バックインザデイ」もの。現在では日本のラッパーの多くが扱うこのトピックをいち早く示したのもキングギドラであった。

この作品の前年(1994年)にはNYのHiphopシーンのカリスマ、Notorious B.I.Gの「Juicy」がリリースされ、日本中どこのClubでもかかっていた思い出があるが、その歌い出しは以下のようなもの。

個人的な話になるが、自分が影響を受けたアーティストやラジオDJを挙げながら過去を振り返っていく冒頭はけっこうJuicyに似てるな。とリリース時に思った記憶がある。

It was all a dream, I used to read Word Up! magazine
Salt-n-Pepa and Heavy D up in the limousine
Hangin' pictures on my wall
Every Saturday Rap Attack, Mr. Magic, Marley Marl
I let my tape rock 'til my tape popped

それは全て俺の夢だった。「Word Upマガジン」を読んでリムジンに乗るHeavy DやSalt-n-Pepaに憧れ、切り抜きを部屋の壁に貼っていたんだ。
土曜日になるとMr.MagicやMarly Marlの最高の番組「Rap Attack」が流れ、テープが飛び出すまで聴きまくった。

また、この曲のサビではSlick Rick「Hey Young World」中の一節(1分23秒あたり「Go for Yours」というフレーズ)がサンプリング、スクラッチされて絶妙なアクセントとなっている。

Slick Rick - Hey Young World

まとめ

90年代に生まれた日本語ラップ作品の中でも、最重要アルバムの一つであるキングギドラ「空からの力」は、Hiphopに関わる人物名、比喩表現などリリックの仕掛けも多く、過去に聴いたことがあるというリスナーも、一定のHiphopに関する知識をつけてから改めて聴き直すとまた新たな発見があるかもしれない。

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BB

BBです。洋楽・邦楽問わずHIPHOP・R&B・Black Music全般が好みです。 本ブログでは海外のヒップホップ・日本語ラップ・R&B・SAMPLING SOURCEなどなど、名盤のレビューやコラムを中心にHIPHOPカルチャー全般について記していきます。

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